
まあそこで勝負してないのか
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生で聞いて言ってんのか?
お前の良し悪しを他人に押し付けんな
下手だけど好きとか、上手いけど嫌いじゃなくて
普通に下手だろ
ちなみにおまえが上手いと思う歌手は?
Ado
令和と平成合わせてもここまで圧倒的な歌唱力の持ち主は知らんな
>>21
宇多田より?
まあ声量は凄いと思うけどね
アドのあの歌い方は好きじゃないけど表現の球数と声域の広さ、安定性がヤバすぎる
宇多田は声より曲で評価してる
ビジュはドフラミンゴだしYOASOBIは耳だけで楽しむ存在やね
え、これプロなのって
言っちゃ悪いけど歌唱力は赤点だろ曲はいいけど
YOASOBIはどんな曲でもほぼ同じテンションで歌いきるのが異常すぎる
音程合わせるための声質と
声質維持するための音程では評価が二分される
俺が下手って思うから下手なんだー!それがすべてなんあああ!
じゃねえんだよ
引用元: https://mi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1772454979/
上手さ」のインフレが塗り替える現代歌唱の定義
最近の音楽シーンを眺めていると、歌が「上手い」という言葉の定義が、かつてないほどに細分化されていることに気づかされます。一昔前であれば、豊かな声量で朗々と歌い上げることや、心に響くビブラートを効かせることが「正解」とされてきました。しかし、デジタル技術が浸透し、楽曲の構成が複雑化した現代において、リスナーが歌手に求めるハードルは極端に上がっています。単に音程が正しいだけでは「カラオケの上手い素人」の域を出ないと断じられ、一方で、人間離れした技術を詰め込みすぎると「耳が疲れる」と敬遠される。この、極めて狭いストライクゾーンをいかに射抜くかというゲームにおいて、今、二つの大きな潮流がぶつかり合っているように見えるんです。
一つは、人間の喉を限界まで駆使し、一曲の中で何種類もの人格を使い分けるような「圧倒的な表現の物量」でねじ伏せるスタイル。そしてもう一つが、激しい高低差を平熱のまま、精密機械のように淡々と乗りこなすスタイルです。この対極にある二つの「上手さ」が共存しているのが、今の面白いところですよね。
表現の「球数」という新たな評価基準
かつての歌唱力評価が「打率(音程の正確さ)」や「飛距離(声量)」で測られていたとするなら、現在は「球種(表現のバリエーション)」の豊富さが重視される時代になったと言えるでしょう。一曲の中で、囁くようなウィスパーボイスから、喉を鳴らすような荒々しい発声、さらには裏声を自在に行き来する。こうした「技術のデパート」のような歌唱が、情報過多な現代人の耳を飽きさせないための必須条件になりつつあります。
しかし、ここで面白い逆転現象が起きます。表現の引き出しを増やせば増やすほど、それは「個人のキャラクター」を強く押し出すことになりますが、現代の楽曲の中には、あえてその「エゴ」を消し去ることで成立するものがあるからです。ボーカルを主役としてではなく、複雑なトラックの一部、あるいは「もっとも表現力の高い楽器」として配置する考え方ですね。
ここで、現代のリスナーが「上手さ」を判断する際に無意識にチェックしているポイントを整理してみましょう。
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音色のスイッチング速度: フレーズごとに声の質感を瞬時に切り替えられるか
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ピッチの絶対的な安定: 加工前提の耳を持つリスナーに違和感を与えない精緻さ
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リズムの解像度: 16分音符の裏側まで正確に捉え、言葉を詰め込める滑舌
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「非人間性」の演出: 人間の限界を超えたようなメロディを、あえて涼しい顔で歌い切るギャップ
これらが組み合わさることで、私たちは「これはプロの仕事だ」と脳内でラベルを貼っているわけです。
「平熱の凄み」がもたらす現代的なリアリティ
感情を爆発させる歌唱が「熱狂」を生むのに対し、あえて感情の起伏を抑え、一定のテンションで難曲を歌いこなすスタイルは「信頼」を生みます。特に、ネット発の文化から派生した現代のポップスにおいては、あまりに人間臭いドロドロとした感情表現よりも、どこか無機質で、それでいて完璧に制御された歌声の方が、デジタルな世界観にマッチする。リスナーは、そこに一種の「洗練」を感じ取っているのではないでしょうか。
「感情がこもっていない」という批判は、裏を返せば「楽曲の世界観を邪魔しない純粋な素材」であることの証明でもあります。複雑怪奇なメロディラインを、まるで散歩でもしているかのような軽やかさで歌い上げる。その姿に、私たちは「自分たちには到底届かない領域の技術」を見出し、圧倒されるのです。これは、泥臭い努力を見せるスポ根的な上手さではなく、涼しげな顔で難解な数式を解いてみせる天才を眺めるような快感に近いかもしれません。
結局のところ、歌唱力の議論が紛糾するのは、私たちが「歌」に何を求めているかが人によって違うからに他なりません。魂の叫びを聞きたいのか、それとも完璧に構築された芸術作品の一部として、一切の狂いもない音の連なりを聞きたいのか。後者の需要がこれほどまでに高まったのは、私たちの生活そのものがデジタルデバイスによって精密にコントロールされるようになったことの、一つの反映なのかもしれませんね。
9999: V系まとめ速報がお送りします 2099/0/00 99:99:99
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コメント
コメント一覧 (22件)
歌、曲、歌詞、テンポ、リズムどれも最高だよ
上手いって言わせてあげろよ 自分に厳しく他人に優しくしてあげるのが大人ってもんだ
個人で思うまでは自由だけど恥ずかしいマネはするな
SONYの皆さんが担いでる歌手なんだから上手いんちゃうの
加工前のアカペラ知らんけど
カラオケ上手い人みたいに言ってるけど宇多田ヒカルですら自分の歌でカラオケで80点だったらしいぞ
ならカラオケ上手くても問題ない
機械で直しまくってるんじゃないの?
上手いけど特別にいい声なわけじゃないんだよね。
例えばで挙げるとアイナ・ジ・エンドは歌はイクラほどは上手くないけど声が天才なんだ。
どちらかというとワイはそういう歌手の方が好き。
スナックで歌って客からすっげーだのなんだのざわざわさせておきながら採点結果は81点とかで毎回微妙な空気にしてるのは私です
なんでなんですかねこれ
カラオケの採点方式があなたの歌に合ってないだけ。
周りの反応を信じたらいい。
そもそもハタチそこらの若者に上手さなんて求めてねーんだわ
そういうのはクラシックでやれ
曲含めてのオリジナリティこそがポップカルチャーの本質・意義だろ
上手くは聴こえないな
但し、作曲の時点で歌う人のことをあまり考えて無いような気がする
歌う人自身が作曲すれば考慮される息が続くのかとかそういう歌いやすさを
ボカロPの欠点が出てるな
自分で歌ってデモを作る人だったらああいう曲にならなかったはず
まさにそれがYOASOBIの1番の欠点
イクラは普通に練習して歌えばまぁまぁそこそこ歌える人なのに歌い手の事を全く考えられない作曲と忙しすぎるせいで全く練習できてない
同じ頃に売れてちゃんと練習してるヨルシカみたいなのと比べていま明らかに歌唱力に差が出てきてる
音楽なんか個人の趣味でしかないしな
自称ハイセンスの連中が多すぎてきしょいわあ
いつだったかフェスの配信で生歌聴いたけど素人カラオケみたいだった
加工や被せ音源ありきの歌手だと思う
ヨアソビってトラックメイカーありきだと思うわ
ぶっちゃけアヤセありきだろ
2〜3年くらい前に、YOASOBIのライブ参戦した人が「自分の曲なのに高音出てなかったんだけど…」というレポをしてるのを見たことがあるんだが、今はどうなんだ?
君らの言う「YOASOBIより上手い素人」はひっくり返っても彼らに勝てないのが現実だけどね
個性はあるんじゃない?
あと、スタッカートはキレイだと思う
いい曲と心に残らない歌声という組み合わせが評価されてるのかと思ってた
ボカロとかを聞いて育った人には加工が強い歌にも抵抗感が無いのかなってところじゃないかしら
YOASOBIの幾田りら並びにayaseによる盗作疑惑(URL先は凍結されてるので見れないかも)
「ミスター」↔「Mr.」KARA
「怪物」↔「名前のない怪物」EGOIST
「あの夢をなぞって」↔「君の知らない物語」Supercell
「セブンティーン」↔「アンダー・ザ・シー」ディズニー
「人間モドキ」↔「ブリキノダンス」日向電工
「睡魔」↔「ロストアンブレラ」稲葉曇
「恋風」↔「flos」R Sound Design
「MidnightTalk」↔「staygold」「ハートステーション」宇多田ヒカル