だから誰も知らん曲聴いてるのよ
https://youtu.be/GOvNkBdfsrM?si=oWF_lSmTSzpCwnwP
https://youtu.be/72PXQtp40HQ?si=tVQR_LMx_8NWGw3v
陽キャから見るとチー牛
嫌いというか興味がないし聞いてみても好みじゃないからその場限りや
そうそう「チー牛」だけは合ってるような奴
まさにワイやね?チーチー
別に冷笑のつもりはないけど、多分周りからは冷笑に見られてるんやろなって
分かる
>>14
Vaundyのしわあわせとかはめちゃくちゃワイに刺さったわ
ゴールデンボンバーのおさかな地獄聴いてみてぶっささる
女々しくてしか歌ってないと思ってたわ
聴いてみる
マジか
聞いてみるわ
井上陽水の少年時代とかいとしのエリー好き
徳永英明もええぞー
分かるで
チー牛「アレはキモオタ御用達」
チー牛にもそういうやつおるんやな
ちなみにワイの性格はゴリゴリのあっち系や
あっちとは
陰
ワイがハマったのはゲーム関係の音楽か洋楽邦楽関係なしに昭和世代の音楽ばっかりやわ
ワイで草
平成初期はどうすか
結構好き
ざっくりとやがAKBとか嵐あたりからワイの好みじゃなくなった
同じく
最近はボカロとかヒップホップとかジャンル気にして聴くやつなんて殆どおらんで
流行ってるから聴く それだけや
一応新曲出てるな
名前は聞いた事あるな
ワイみたいなのも陰キャやで
下の曲、めちゃくちゃ平井堅感ある
人目を気にせず自由に生きてねえだろお前
人目が欲しくてたまらないです、人目を気にせず自由に生きてる人って認知を得たいです、構ってください、私のパーソナリティについて言葉が欲しいです
私は空っぽなので皆さんの言葉で満たしたいです、、
やん
知るかよ
引用元: https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1775636153/
属性の逆転現象とコンテンツの一般化:なぜ現代の陰キャはボカロを避けるのか
かつて、特定の音楽ジャンルを聴くことは、自分たちが属するコミュニティを証明する「通行証」のような役割を果たしていました。特にボーカロイド(ボカロ)やアニメソングといったカルチャーは、メインストリームから距離を置く人々にとっての精神的な拠点であり、マジョリティに対するカウンターカルチャーとしての側面を強く持っていました。しかし、近年の音楽シーンにおいて、この構図は劇的な変化を遂げています。かつて「オタク」や「陰」と定義された人々の一部が、あえてこれらのジャンルを避け、よりニッチな楽曲や古典的な邦楽へと回帰する現象が起きているのです。
この背景には、ボカロやアニソンが「一般化」し、もはや誰のものでもなくなったという事実があります。かつてはニコニコ動画などの閉鎖的なプラットフォームで育まれていたこれらの音楽は、今やTikTokやYouTubeショートを通じて、いわゆる「陽」とされる層のダンス動画や日常投稿のBGMとして日常的に消費されています。この「消費の一般化」が、独自のアイデンティティを音楽に求めていた層にとって、既存のジャンルを「自分たちの居場所ではない」と感じさせる大きな要因となっています。
コンテンツの民主化がもたらした「アイデンティティの希薄化」
ボカロ曲がビルボードチャートの常連となり、アニソンが紅白歌合戦の主役を張る現代において、これらの音楽を聴くことはもはや「特殊な趣味」ではなくなりました。むしろ、流行に敏感な層が真っ先に摂取する「最新のトレンド」へと変貌を遂げています。
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プラットフォームの変遷: 閉鎖的なコミュニティから、誰もがアクセスできるSNSへの移行
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音楽性の洗練: 特有の「癖」が削ぎ落とされ、J-POPとしての完成度が高まったことによる大衆化
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コミュニケーションツールの変化: 「仲間内だけの合言葉」から「クラス全員の共通言語」への拡大
このような状況下では、周囲との差別化を図りたい、あるいは「自分だけの世界」を大切にしたいと願う人々にとって、流行のボカロ曲を聴くことは、皮肉なことに「個性の埋没」を意味するようになります。彼らにとって、ボカロはもはや自分たちを守る壁ではなく、自分たちをマジョリティの海へ連れ出す入り口になってしまったのです。
「無機質」への抵抗と「人間味」への回帰という選択肢
流行の音楽が、完璧に調律された打ち込みサウンドや、超絶的な高音域を駆使するテクニカルな構成へと進化する一方で、その対極にある「身体性」や「不完全さ」に価値を見出す層が増えています。最新のヒット曲に背を向け、80年代のフォークソングやレゲエ、あるいはインディーズの泥臭いロックを好む人々は、デジタル化されすぎた現代社会に対する、無意識の抵抗感を持っているのかもしれません。
彼らが求めているのは、耳を突き抜けるような高揚感ではなく、土の匂いや人の体温が感じられるような「湿り気」のある音楽です。藤井風やサカナクションといったアーティストが、幅広い層に支持されつつも、独自のこだわりを持つ層からも深く愛されるのは、彼らの楽曲に「人間としてのゆらぎ」や「哲学的な奥行き」が同居しているからでしょう。
結局のところ、音楽を通じた自己定義のプロセスは、かつての「ジャンルによる区分け」から、より「個人の感性による深掘り」へとシフトしています。ボカロを嫌う、あるいは興味を持たないという姿勢は、決して単なる逆張りではありません。それは、洪水のように押し寄せる「流行」という情報の濁流から自分を守り、自分だけの「静かな心地よさ」を確保しようとする、極めて現代的な自己防衛本能の表れと言えるのではないでしょうか。情報の民主化が進み、あらゆる境界線が曖昧になった今、あえて「何にも染まらない」という選択こそが、新しい時代の孤独との付き合い方なのかもしれません。
9999: V系まとめ速報がお送りします 2099/0/00 99:99:99
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コメント
コメント一覧 (13件)
これは真理だ!
ボカロ嫌ってるとチー牛ってところは自分と一緒やわ
自分以外のチー牛やオタクを冷笑し、かと言って陽キャになれる訳でも普通でもない
一番面倒臭いタイプのチー牛
ただスレ立てした1はまだ自覚あって自虐できてるだけマシなのかもしれない
むしろ流行りを薄っぺらく消費するのはリア充の陽キャだと思ってる
陰キャなチー牛はセンスの良し悪しは別としてマニアックなの聴いてる
AKBとかエグザイル系が出てきてからのJPOPは耳に残らないのばっかりよな
AKBが出てきたのなんて20年以上前の事だろ。それ以前と比べてごちゃごちゃ言ってるのは歳をとって物事に興味を失っただけだよ、残念だったね。
確かにAKB辺りから数年はアイドル以外も西野カナだのファンモンだのクソみたいのばかりがメインチャートにいて暗黒期だったが今はメインチャートにも良いアーティストいるだろ
耳に残らないんじゃなくて脳の容量が足りなくなってきて新しい物受け付けないだけ。時代にかかわらず中年になると20歳位までの曲が一番と言い出すのはこれじゃないかと思ってる
今のアニソンについていけないおじさんなだけでは?
異端ぶってるとこ悪いがそれただの逆張りな
一番ダサいやつ
今は「いかにバズるか」が重要視されてるのもあるし、アルゴリズムの関係もあって1回聴いたら似たようなのしか出てこんようになるからな。自分で掘り起こしにいかないとハマる音楽に出会い辛くなってる。
あと、オタクにも種類色々あって、ボカロ系、ゲーム系、アニソン系、サントラ系とか多岐に別れてるから。なんでも聴くやつももちろんいる。
ボカロというか、音声合成ソフトは、キャラが増えすぎてるのも問題かもしれんね。
結局初音ミク、重音テト、可不とか、似たようなメンツばっかりで、自分で掘り起こさない限り他のソフトの曲は視界に入りにくくなってる。
宮舞モカとか雨衣とか最近よく見るけど、どれくらい残り続けるかもわからん。それくらい次から次に新しいのがポコポコ出てくる。
黎明期のような特別感やありがたみが減った。人間のアイドルと似たような状態だね。
中には、マイナーでも愛で曲を作り続けてるPもいるのかもしれないけどね。でも愛を注ぐにも、キャラクターなり声なり、なにかしら強烈なフックがないと難しいね。今はキャラ売りがかなり強い傾向あるし。