
そうなんだ
美しい鰭を聞いたときは感動した
そうそれこそ本当のファンやな最近の曲でもそのアーティストの良さを見つけられる方が楽しいしな
そうでなくても同じような曲作るのが嫌で色々やってるうちにファンが離れるってことはあるだろうし
「hello」はオアシスが作りそうな名曲
結局曲だけじゃなくいろんなもん込みで消費してるっちゅうこと
ヨルシカがまさにそれや
長渕剛
別にそのミュージシャンの「初期の頃のファン」とかでもええやん
それが別に聴衆やファンの人気に繋がるわけでもないし
成熟してる側でも好みによって分かれるし
アーティスト側でも最初から成熟してる人もいるし後から成熟する人もいる
でリスナーは別に成熟した音楽を好むわけでもないしむしろ逆なことも多いから
全部がバラバラなんで一概に言えることではない
ある成熟した固定の好みをもつリスナーがいたとして、アーティスト側が初期と後期でブレたりするので絶対的なことは言えない
老いて安定したら凡庸になっちゃったってアーティストはいるな
新曲なんで誰も期待してない
アーティスト本人が一番それを知ってる
アルバムなんて帳尻合わせのために無理矢理作っただけで愛着なんかないよ
本音はシングル1枚でツアーしたいよ
引用元: https://nova.5ch.net/test/read.cgi/livegalileo/1771696970/
「初期衝動」の呪縛と、表現者の円熟を拒むリスナーの正体
アーティストが新作を発表するたびに、どこからともなく「初期のキレがなくなった」「昔の方が尖っていた」という嘆きが聞こえてくるのは、もはや音楽シーンの様式美とも言えますね。しかし、これほどまでに多くの聴き手が、表現者の技術的な向上や精神的な安定を「劣化」として片付けてしまうのは、少し不思議だと思いませんか。実は、私たちが「初期作」を神格化する背景には、音楽的なクオリティの差以上に、受け手側の極めて個人的で、かつ身勝手な「自己投影」という心理メカニズムが働いているのです。
なぜ「未完成の衝動」にこれほどまで惹かれるのか
私たちがアーティストの初期作品に熱狂する最大の理由は、そこに「剥き出しの欠落」を見るからです。デビュー当時の表現者は、多くの場合、完璧な機材も潤沢な制作費も持ち合わせていません。その制約の中で、自分の中に渦巻く正体不明のエネルギーを外へと叩きつける。その「形にならない叫び」こそが、思春期特有の全能感と劣等感の狭間にいる若者の心に、深く突き刺さるわけです。
リスナーにとって、初期の楽曲は単なる音の羅列ではありません。その曲を聴き狂っていた「何者でもなかった頃の自分」の記憶を保存するための、いわばタイムカプセルのような役割を果たしています。
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共鳴の錯覚: アーティストの孤独や貧しさを、自分の日常の不満と重ね合わせ、「彼らだけは自分の味方だ」という強い連帯感を持ってしまう。
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変化への恐怖: アーティストが成功し、洗練されていく姿は、リスナーにとって「自分を置いてけぼりにして大人になっていく裏切り」のように映ることがある。
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文脈の消費: 楽曲そのものの構造よりも、その背後にある「苦悩」や「危うさ」といった物語を消費しているため、安定した近作には物語を感じにくくなる。
このように、初期衝動への執着は、音楽そのものの評価というより、自身の青春時代を肯定したいという「自己愛」の変形であるケースが少なくありません。
表現者の「円熟」を拒絶する、残酷なファンの心理構造
アーティストがキャリアを重ね、表現が「丸くなる」のは、人間としての生存戦略としては極めて健全な進化です。経済的に潤い、精神的に満たされれば、かつてのような「呪詛」や「破壊衝動」が枯渇するのは当然のこと。しかし、ファンの一部は、彼らに対して「いつまでも不幸で、いつまでも飢えていてほしい」という、ある種残酷な願望を抱き続けてしまいます。
これは、ビジネス構造的に見れば「ブランドの固定化」と「ユーザーの保守化」の衝突です。初期の過激さや独創性でブランドを確立したアーティストほど、そこから脱却しようとする試みが「裏切り」と断罪されやすい。しかし、皮肉なことに、かつての衝動を模倣して作り続けられた「初期風の新作」こそが、最も魂の抜けたマンネリズムに陥りやすいのも事実です。
私たちは、アーティストの技術的な洗練や穏やかな変化を、ただ「牙が抜けた」と切り捨てるのではなく、一人の人間が葛藤の末に辿り着いた「静かなる深化」として受け止める度量を持つべきなのかもしれません。かつての戦友が立派な紳士になったことを喜ぶように、彼らの「今」を肯定することで初めて、音楽は一過性の流行から、人生に寄り添う一生の伴侶へと昇華されるのではないでしょうか。
9999: V系まとめ速報がお送りします 2099/0/00 99:99:99
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コメント
コメント一覧 (32件)
BUCK-TICK好きなんだけど個人的には初期やTABOOの良さが分からず
狂った太陽以降が大好き。
こういうの見るたびにカイジの班長のコーヒーのくだりの切り抜き思い出すわ
別に詳しくなくても同じのしか飲まなくてもコーヒーが好きというのは変わらないってやつ
中期ぐらいまでほぼ全部好き、最近のはちょっと当たり外れ・好き嫌いあるってのが多いかな
まぁ中期もリリース当時イマイチと思ってて数年経って案外アリだなとなったり
GRAPEVINEはライブのセトリ5割は新譜からで最新曲が一番歓声上がるのでやっぱその辺りも変わったバンドとファンなんやと思う
バインは芯の部分は変わらずに毎アルバム面白い要素取り入れてるのと、田中の声が年とってから良くなってるのが大きい
アーティストによるだろ。
ずっと好きなのもあるが、初期しか好きじゃないのもある。
「このアーティストのここだけが好き」じゃなくて、
「アーティストが出したものは全肯定」って「聞き手のとしての自己の否定」やろ。
それは只の崇拝者でしかないからこの世に居てもいなくても変化がないわ
アルバム一枚目はだいたいデビューの勢いのまま。
二枚目でプロデューサーが加わって少し洗練されて三枚目がどうかじゃないのかな。
あくまでCD全盛期の話だけど
アーティストの生きざまみたいなの含めて追うようになると、
「あー今回は微妙だったなーでもこういう曲もあるのねー」みたいな感じ方になってくる
「全部が好き」も「一部が好き」も好きであることには変わりないだろ
好きなアーティストの曲は何回も聴けば全部好きになるわ
やっぱり才能あるからどの曲でも良さがあって味がわかるようになる
それをわかってても別に新しい曲はあまり聴く気にならないっていうのが正直なところ
別に聴かなくても困らんし
バンドみたいなグループの場合、音楽性の主導者が変わっても行ける?
自分、judy and mary 恩ちゃん主導のパンク色濃い頃好きだけどTAKUYAメインくらいからは嫌いじゃないけどド真ん中でなくなったからCD買わなくなったな
好きなミュージシャンでも新しい曲を待ってるミュージシャンと新しい曲を追ってないミュージシャンとがいる
後者は自分が気が向いたり一回で興味わく要素あるなら聴く時もある
だいたい歌ってる人作った人が同じ場合は20代頃が才能のピークだからな
デビュー当初はレコード会社やプロデューサーの言いなりだったがブレイクしたら本当にやりたい音楽に変えたり
セルフプロデュースに切り替えてヒットが出なくなるあるある
元WANDSのal.ni.coを思い出した。
上杉さんの後期から明らかに売れ線じゃなくなったね。
昔の玉置浩二と今の玉置浩二を見てそんな理想論言えるならハッピーやな頭
本当にファンなら今もちゃんと好きだろ
玉置浩二なんて特に年齢で歌唱の後退も無いほうでしっかり発声努力してる側だからそういう部分で聴きにくくなることもないアーティストだし
よく言われるアレンジだって拍には納まってるから原曲と違うだけでアレルギー起こす奴が違和感覚えてるだけで音楽知ってりゃ技術にしか聴こえない
まぁそりゃそうなんだけど実力云々じゃ無くて表現の仕方が素人目線で変わってるのは良くあるしそれを好き嫌いせずに全肯定しなきゃファンじゃ無いっていうのはもうちょい手心というか流石にちょい言い過ぎ感がねww
ジャンクな音楽が好きなんでなんでもいいです
前の路線だったら他にいないし面白かったけど
新しい路線でそのクオリティならもっといいバンドやミュージシャンがいるしそっちを聞くわってケースは割とよくある
新曲が同率で最高傑作に感じるになるのって珍しいかったのか
前曲好きっちゅーのはアーティストをアイドル視して人部分に惚れこんでるだけでしょw
曲を聞いとらん
相変わらずまとめ論文が秀逸で、読み応えが抜群だな。納得だらけ。
俺が好きなルナシーの話をする。初期の作品は歌詞とメロディの相性が良すぎて、歌詞を覚えられる。このメロディにはこの歌詞しかない!と思えるほど。
これがいわゆる一番、二番からラストまで、そっくり歌詞を覚える事が可能だというのだから、我ながらファンながら凄いと思う。それ程に作詞家の技量も高かったと言えるだろう。
歌詞を覚えられるという事は口ずさめるという事で、繰り返し口ずさめるという事は、好きになる条件をクリアしている。卵が先か鶏が先かは知らんが。
ところが。後記の作品となると、もうルナシーの作詞家にも、新しく言いたい事、訴えたい事、歌いたい事が枯渇してる。
続き。既存の歌詞とは異なる様に歌詞を刷新…と言えば聞こえはよいが、要は被らない様に捏ねくり回す部分が大きい。複雑化してる。すると結果的に、ファンが覚えられない歌詞が出来上がる。
プロのボーカルならば歌詞を覚えるコツも有るだろし、覚える技術も高いのだろうが、我々素人には無い。
歌詞を覚えられないのならば口ずさめず、引いては好きになるまで口ずさもうという意欲も下がる。
訃報を受けて宿ったことさえ神は、がまず浮かんだ
神は、お前が母の中に宿ったことさえ許せないと思った ← 母からの愛が足らないと思っていた、当時の作詞家の思想が反映したプロット。
中期、及び後期には素直に自己愛や自己実現の願望を歌えたし。世の中や人様へ貢献する意思も歌った。
ようするに好きなら全てを肯定しろってことだろ?
そういうのは信者って言うんだよ。普通のファンは「良いものは良い、悪いものは悪い」と分別を付ける。
まぁでも俺の見てるまとめサイトでは全肯定許さないマンの方がフラットに評価できてないわ
打率もインパクトも落ちたけど今のミスチルも普通に好き。あれこれ言われるけどよくやってると思う
GLAYは佐久間さんが亡くなって以降の曲が語感というか歌詞とリズムがハマってない曲増えたなと思ってあんま聴かなくなった。よく言われるグロコミ以降も全然好きだったけどジャスギル以降の曲は結構好み別れる
アーティストが好きっていうより曲が好きってのが普通じゃない?
自分の好みの曲をやってくれるからそのアーティストのファンになるのであって、時間と共にアーティストのスタイルが変わってしまったらあんま好みじゃなくなった残念ーーてことは普通にある。
むしろありすぎて困る。