
あとはテレビが持ち上げたそれだけ
これは本人も言ってたね
カラオケを若い人がやるようになったの90年代に入ってからで、歌いたくなるような曲(音程とるのが微妙に難しい)を意識したって
早口チャレンジみたいなボカロ曲が流行ったのもカラオケ需要なんだろうな
謎の高音信仰あったよな
叫んどる曲が流行ってた
ファミリーがでかくなってからはあからさまに手抜き出したから売れなくなっていった
安室の産休までがピークやろ
小室哲哉
つんく
それぞれ3年ぐらい無双した期間あるけどその当時見てた世代しか凄さはわからんね
後追いじゃわかんないと思うしわからなくてもいいと思う
ストック・エイトキン・ウォーターマン風の曲を
90年代の日本でやってやたら売れちゃった人
うーん?あれとは違うような気もするけどまぁシンセだし似たようなもんなのか
それ以外に売ろうと思ったら握手券やグッズつけるアイドル商法しかない
「時代の求めるものに応えたソフィスケートされた音楽」だった気がする
自分は新宿系と名乗っていたよな
「渋谷系を聴きながら勉強は出来るけど私のはうるさくてできない」
それであの枚数売ったんだからすごい
そりゃ買うか借りるかしないと自由に聞けなかったわけだから
エイベックスは洋楽のカバーなんかもさせてたけどそれはそこまでヒットしない
ELTなどの成功体験から時代変わっても似たようなもんを出してきてた
織田哲郎のサウンドのほうが好みや
本人も少しは編曲やってたらしいが
ほとんどはマニュピレーターがアレンジしてた
天才すぎて桑田佳祐から距離を置かれた男
むちゃくちゃ記憶に残るメロディー多かったけど
それは曲がちゃんと優れてるのか
それとも自分が若くて音楽をよく聞く時代だったからなのか
どっちかよくわからん
親世代でも最近の流行り曲は全く認識してないけど、90年代の小室の頃のは曲を聞かせたらちゃんと覚えてるし
というかそうじゃないと売れない
引用元: https://nova.5ch.io/test/read.cgi/livegalileo/1773786415/
小室哲哉の人気の理由と「プロデューサー」が主役となった時代の転換点
90年代の音楽シーンを語る上で、小室哲哉という存在は避けて通れない巨大な山のようなものです。当時は右を向いても左を向いても「TKサウンド」が街中に溢れ、シングルを出せばミリオンセラーが当たり前という、今では考えられないような熱狂の中にありました。なぜ、一介のミュージシャンであった彼が、アーティスト本人以上のカリスマ性を持ち、日本中のヒットチャートを独占できたのか。その最大の理由は、彼が単なる「作曲家」の枠を超え、音楽業界における「プロデューサー」という立ち位置を、一つの強力な「タレントブランド」へと昇華させたことにあります。
それまでの日本の音楽界では、裏方が表舞台に立ってスポットライトを浴びることは稀でした。しかし小室氏は、自らシンセサイザーの要塞に囲まれてパフォーマンスを行い、フェラーリを乗り回し、時代のアイコンとして振る舞った。この「クリエイターのタレント化」こそが、当時の若者たちにとって最高にクールな姿として映ったのです。自分たちが聴いている音楽の背後に、明確な「神」のような設計者がいる。その設計者の思想をまるごと享受するという、現代のボカロPやプロデューサー主導型ユニットにも通ずる「属人化された音楽消費」の原型を、彼は30年も前に完成させていたと言えるでしょう。
音楽を「製造業」へと変貌させた戦略的スキーム
小室哲哉氏が凄かったのは、音楽を単なる芸術としてではなく、極めて精緻な「システム」として構築した点にあります。彼は当時のエイベックスと共に、それまでのレコード会社の常識を覆すようなスピード感と物量で作戦を展開しました。そこには、偶然のヒットを待つのではなく、必然的にヒットを生み出すための「製造ライン」のような構造が存在していたのです。
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「小室進行」による脳内麻薬の定着: 日本人が本能的に心地よいと感じるコード進行(いわゆる王道のカノン進行の変奏など)を多用し、一度聴いたら離れないメロディを量産した。
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プロジェクトの同時並行と相乗効果: trf、安室奈美恵、globe、華原朋美といった異なる個性を「小室ファミリー」という一つのブランドに集約し、ファミリー内での競演や話題作りで市場を独占した。
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カラオケ文化との完璧なチューニング: 当時、若者の最大の娯楽だったカラオケで「ギリギリ歌えるか歌えないか」という絶妙な高音設定を施し、挑戦欲を刺激することで楽曲の寿命を延ばした。
特に「4週連続リリース」や「メディアミックス」を駆使した露出戦略は、現在のエンタメ業界におけるプロモーション手法の礎となっています。彼は音楽を作っていただけでなく、音楽を含めた「時代の空気感」そのものをパッケージングして販売していた。だからこそ、特定のアーティストのファンではなく「小室哲哉の作る世界」のファンという、巨大な母集団を形成することができたわけです。
現代のヒットメーカーに受け継がれる「TKのDNA」
小室ブームが去り、時代が移り変わっても、彼が音楽シーンに残した爪痕は消えるどころか、より深いところで現代のクリエイターたちに受け継がれています。例えば、現在のJ-POPシーンの頂点に立つYOASOBIのAyase氏などは、公然と小室サウンドからの影響を口にしていますよね。これは単なるノスタルジーではなく、小室氏が確立した「デジタルサウンドと情緒的なメロディの融合」という手法が、今なお有効なヒットの正解であることを証明しています。
小室サウンドの特徴であった「速いテンポ(BPM)」「大胆な転調」「サビから始まる構成」といったギミックは、短尺動画で即座にインパクトを与えなければならない現代の音楽消費スタイルと驚くほど親和性が高いのです。彼は30年前に、すでに「情報密度の高い音楽」の雛形を作っていました。シンセサイザーという無機質な電子音の中に、日本人が古来から好む「湿り気のある哀愁」を混ぜ込むバランス感覚。これは、ボカロ文化が経てきた進化の過程とも重なります。
結局のところ、小室哲哉という人は「未来を予見しすぎたマエストロ」だったのかもしれません。彼が提示した「プロデューサーが主役となり、デジタル技術を駆使して、物語性と共感性を高速で提供する」というビジネスモデルは、形を変え、プラットフォームを変えながら、今の令和のヒットチャートの中にも脈々と生き続けているのです。居酒屋で流れてくるかつてのヒット曲を聴きながら、私たちは今でも、彼が設計した巨大な魔法の中にいるのかもしれない……なんて考えると、少しワクワクしてきませんか。
9999: V系まとめ速報がお送りします 2099/0/00 99:99:99
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コメント
コメント一覧 (36件)
100年後の若者は「ラえもんは何で売れたの?」とか言ってそう
当時歌謡曲の延長みたいなJ-POPの中では新しい音楽だったよ
クラブや洋楽に興味ある人にはそうではないかもしれんけど
J-POPとクラブや洋楽を繋ぐ役目のひとつが小室だったね
だからクラブや洋楽好きからは評価されにくい
でもそこへのハードルを下げた功労は間違いなくある
国内において一番どうでもいい層だなそいつらw
いやー大事よ
レンタル屋が町中にあった時代だし売上枚数だけじゃ計れない
ファンじゃなくてもカラオケ練習やドライブ用にダビングしたりしてな
とにかく楽曲生産力がすごかった
大半の作詞作曲編曲をこなし全盛期は毎週のように何かしら小室絡みの新曲が出てたような印象だった
その反面シングルのカップリング新曲の代わりに表題曲のリミックスでお茶を濁してたけど
リミックスはリミックスのニーズもそれなりにあったのよ
それにカップリング曲がなくても売れたというのは表題曲に力があった証拠よね
売る為にやってる事は今もほとんど変わらん
ドラマ主題歌や音楽番組でじゃんじゃん流してた時代からアニメ主題歌とTikTokでじゃんじゃん流す時代になった
SNS系は素人が発掘してるように見せかけて業者がインフルエンサーに金出してたり垢自体が素人装った業者だったりする
アニメ主題歌はそうかもしれないけど、Tiktokは違うだろよ。あれはメディアではないし。
今でもtrfやglobeを聴く
時代の流れが早かった時にポンポン出せたからね
普通のアーティストは年に数シングル+1アルバムなのに
小室プロデュースは月に何曲も出してたから
今でこそ色々な音があるし、それこそ簡単に使える様になったけど、当時はまだ歌謡曲全盛期に近い時にデジタル音源を取り入れて、そこからビジュアルにも特化し出したから目立った(当時の時代の先端は間違いないんちゃうか?)。篠原涼子とか安室奈美恵とか華原朋美とか。
小室が長らくブイブイ言わせて、後期辺りからGLAYが出て来たりで記録を上塗りされて、その辺で宇多田ヒカルの登場でトドメを刺されたって感じかな。
なにがすごくて売れたと問われたら「トータルなプロデュースがすごくはまった」のが大きい。
TMを一旦畳んでプロデュース業に軸足を移しトータル作業を増やしたら時代ともマッチして仕事も舞い込むようになったということ。
徐々に時代があの音を受け容れるようになったし、必要とする界隈もできたから売れたのよ。
地方のヤンキー層に受けたからでしょ。深夜のドン・キホーテにいる層が主なファン。
そんな訳ないやろ(笑)
昔ヤンキー達に虐められてたのか?
音楽評論家や社会学者の調査でもそういう結果が出ているぞ
評論家って誰や?
当時のドンキは全国10店舗あるかないか程度。後の浜崎倖田EXILEとかマイルドヤンキーに繋がるものの、都市部のクラブとは距離がある違う文化圏であり、イコールではないだろう。
地方の高卒だろうな 文化的素養のある人間は小室に興味を持たない
普通にその辺の大学生とかも聴いてただろ、あれがどれだけ売れたと思ってるんだ。随分前だからってわけの分からん事を書くなよ。
聴いてないよ。大卒が聞くのは小沢健二とかだから。
自分の周り=全部みたいな事言うヤツが大卒ッスかw
佐久間宣行も自分の周りに小室系やビーイング系を聞いている人間はいなかったと話していたな
烏賀陽弘道
「小室の音楽は基本的にシンセサイザーとシーケンサーでつくったダンスミュージックであって、
若者向けである。全ての年齢にわたる訴求力はない。
小室も、人口が膨らんでいる層=例えば高齢者や団塊の世代向けの曲にシフトすれば
よかったのだが、彼はそうはしなかった。桑田圭祐やユーミンのような、
様々な年齢に訴えかける多彩な曲を書き分ける能力がなかったのかもしれないし」
左様。当時まだ小室が売れてた時代に、間違った小室評を書いた評論家がいた。
曰く。小室は次の時代に売れそうな音楽的戦術を幾つも用意しておいて、実験的に数々のリリースの中にその戦術の要素をそれぞれ忍ばせつつ、市場の反応をみて、次に来る当たりの音楽の確度を高く引き上げている…の様な論評だった。
でもそんな事はなかった。小室が売れてたのは、たまたま小室が得意な、磨き上げていたジャンルが受ける時代だった…っていうだけだ。
当時のボイスチェンジャーで小室の男声を女声に変えると、華原そっくりになった。つまり小室は自分が美少女だったらこういうアーチストをやっていた…というイメージを、それぞれの女性アーチストに投影していた訳だ。
結局、ガキ向け音楽しか作れなったのが小室。
R&B歌姫の流れに乗れず悔し紛れに「次はトランスが来る」とか言って追求してたけど主流にはなれなかったな・・・
2000年頃に渡辺美里みたいなオーソドックスなポップスやバラードに回帰してればまだ存在感は保てたのかもしれない
売れにくいシンセ系音楽をあそこまで売ったのはすげーよ
シンセ系ってどうしても音作りが浅いだの何だので嫌う人多いのに
これはホントにそう
シンセが今より低く見られる時代の中でよく築いてきたと
日本人ほどシンセサウンドが好きな国民はいないだろうよ
シンセメインだけど音に重厚感あってユーロビートみたいな軽さは感じなかったな(ユーロビートはユーロビートで好きだけど)
音作りに相当こだわってゴージャスに響くように色々創意工夫してたと思う
今では誰も聞いていないし、再評価されることもない音楽、それが小室。
学術書でもない、自己啓発本の一段上の文章を妄信できるのは羨ましいとさえ思う
ヒット曲は多かったけど名曲は1曲もない
音楽の価値を決めるのは後年と松山千春が語っていたのを思い出す
ほとんど海外原曲じゃん