ドパガキが美味しいところだけ摂取してるつもりになってるのモヤモヤするよな
夜の踊り子のキモは曲全体の構成だもんな
ほな特徴言ってね
サビが1回しか来なくて、曲全体がそのサビを盛り上げるための前座となってる
そんくらい普通に曲全体聴いたことあれば誰でも感じるよ
わからんのはドパガキだけ
娯楽なんてそんなもんよ
他人の楽しみ方にケチつけるのはいかがなものかと
そう言われると言い返せないな
実はワイも電子音楽の文脈は疎いしEDMっぽいなくらいの浅さではある
イッチが批判してることとイッチがしてることって似た構造やと思うけど
批判っていうか
フルで聴いた人は少なくとも曲の良さを正面から捉えてて、造詣の深さこそあれそうだなって共感できるけど
ショート動画で切り取ってるだけだと同じ土俵に立ってないなと
全部聴いたうえで深掘りor直感的レビューの関係性とはまた違うと思う
2次元的な楽しみ方をしてるイッチが1次元的な楽しみ方をバカにしてるのは構わんが世の中には3次元的な楽しみ方をしてる人もいると
それで3次元的な楽しみ方をする人に2次元的な楽しみ方を下に見るような発言をされてどう思うかという話
2次元的な楽しみ方しかできないのに1次元的な楽しみ方を下に見るイッチが3次元的な楽しみ方をしているであろうサカナクションを含む人たちからどう見えるかという話
まああくまで自分は2次元的な楽しみ方をしているものと弁えた方がいい
正論過ぎる
実際一郎さんはミーム化大歓迎してるしな
このスレはあくまでワイの感想であってショートだけ見てるのを批判してるわけではない
外国人が醤油つけずに寿司食べながら「美味しいデース」とか言ってたらさ
「醤油つけた方が美味しいですよ」って教えてあげたくならないか?
忘れられないのとか素晴らしいやん
あの頃のゴリ押し感はちょっと食わず嫌い誘発してたかもな
今のSNSの自然発生型ブームのが受け入れられやすいかもしれん
怪獣とか
アイデンティティーの「どうして」の部分も使われ擦られてるし
新宝島もいろんなとこで使われてたなあ
バッハの旋律Mステで披露した時
お茶の間のイロモノを見る目半端なかったなと
しゃーないんじゃね
あれ一回だけ聴いて理解するのは難しい気がする
というよりあの人形がね
ワイは今ではすこやけど
なるほど
今再度聴いてるけどやっぱ好きだわこの曲
怪獣もMV見るたびグッとくるものがあるけど
活動したら割と高い確率で話題になるよな
アーティスティックに振り切らないでちゃんと大衆受けを意識した上で拘った曲作ってるからね
そら活動すりや流行るよ
努力のバンドやで
サカナクション好きって言って「あのボートの曲だよね!」って反応返ってきたら絶対モヤモヤするやん?
当時のMV記録的再生数やったし
大抵はその時流行ってる曲でキャッキャしてファンになるんだからそこを揶揄する気はない
最初からアルバムのマイナー曲から入る奴はおらん
キャッキャッしてるにわかを馬鹿にしてるのではなくてキャッキャッしてるにわかオタクを馬鹿にしてるのだ
オタクは流行りものが好きなだけで音楽が好きなわけではないので
サビまで長いからドパガキへの忍耐力トレーニング
みたいな事言ってるのあって草
引用元: https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1779355307/
「ファスト教養」とカルチャー消費の深度を巡るマウンティングの心理学
現代のコンテンツ消費において、物事の「美味しいところ」だけを効率よく摂取するスタイルが定着しています。映画を倍速で観る、本の要約だけをインプットする、あるいは楽曲の最も盛り上がるパートだけをショート動画のBGMとして楽しむといった行為は、情報過多の時代を生き抜くための合理的な手段として広く受け入れられるようになりました。しかし、こうした表面的な消費を行うライト層の台頭は、古くからそのカルチャーを愛し、作品の背景や全体構造にまで深くコミットしてきたディープ層との間に、時に目に見えない摩擦を生み出すことがあります。なぜ私たちは、他者の「カルチャーの楽しみ方の浅さ」に対してモヤモヤとした感情を抱き、時に自分の知識の深さを誇示してしまうのでしょうか。その背景には、知識や体験の所有を巡るアイデンティティ防衛の心理が働いています。
知識の「深度」をアイデンティティとする防衛本能
特定のカルチャーに長い時間と情熱を投資してきた人々にとって、その領域に関する深い知識や独自の審美眼は、自分という存在を定義するための重要な「アイデンティティ」の一部となっています。そのため、流行のミームやトレンドをきっかけに参入してきたライト層が、作品の文脈や全体像を無視して局所的な消費を行う姿を目にすると、自らが大切に守ってきた価値観を軽視されたような、あるいは矮小化されたような感覚を覚えてしまうのです。
この時に生じる心理的な摩擦やマウンティングの構造には、人間の防衛本能に根ざしたいくつかの特徴的な側面が存在します。
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時間・コストの投資に対する特権意識: 苦労して作品全体を理解したというプロセスが、手軽に結果だけを得る層に対する優越感へと変換されやすい。
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文脈の軽視に対する危機感: 作品の本来の意図や構造が、表面的なブームによって消費し尽くされ、歪められてしまうことへの拒絶反応。
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「違いの分かる自分」の承認欲求: 周囲のライト層とは異なり、自分だけは作品の本質や高度なディテールを理解できているという特別感の誇示。
他者の浅い楽しみ方を冷ややかに見つめる視線は、裏を返せば「自分が積み上げてきた価値を守りたい」という自己防衛の表れでもあり、カルチャーへの愛着が深いからこそ生まれるジレンマと言えます。
二次元的消費と三次元的消費のグラデーションを受け入れる
しかし、カルチャーの消費深度における優劣の争いは、多くの場合において終わりなき平行線をたどることになります。なぜなら、ライト層を「浅い」と批判するディープ層自身も、さらにその上の領域にいる専門家や開発者、制作者の視点から見れば、やはり「一部分を都合よく消費しているライト層」に過ぎないという構造的な事実があるからです。音楽で例えるなら、曲の構成や歌詞の文脈を理解して楽しんでいるリスナーであっても、楽曲の背後にある音響工学や、マニアックな機材の歴史までを完璧に網羅しているわけではないケースがほとんどでしょう。
あらゆる文化の受容には、表面的な楽しさを味わう一次元的なレベルから、構造や文脈を読み解く二次元的なレベル、そして技術や歴史的背景までを網羅する三次元的なレベルまで、果てしないグラデーションが存在しています。大切なのは、自分がどのフェーズに位置しているかを客観的に自覚し、異なる深度の楽しみ方を否定しない寛容さを持つことです。入り口がどれほど浅く、切り取られたものであったとしても、そこから深淵な世界へと足を踏み入れる次世代のファンが育っていくこともまた事実です。多様な消費スタイルをグラデーションとして受け入れる視点こそが、カルチャー全体の持続的な発展と、健全なファンコミュニティの維持をもたらす鍵となります。
9999: V系まとめ速報がお送りします 2099/0/00 99:99:99
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コメント
コメント一覧 (16件)
個人の感想だとどの曲も良いなと思ったことないな
カラオケで歌いやすそうだとは思う
味音痴ですって言ってるようなもんだぞ
ただの好みを音痴とまで否定するのは痛いファンやなw
ショートケーキのいちごを先に食べるか後に食べるか問題に似てる
てかいちごの先端の甘い所だけ食べたいって感覚なのかな
そう言われると確かに、いちご単体も美味しいけども下のケーキの部分も美味いいよ?こだわってるよ?一緒に食べるとより美味いいよ?て言ってあげたくなるな。
ケーキ部分に気付いてないやつを見るともどかしいというか。
オールナイトニッポンでさかなクンさんゲストにするって話してて大丈夫か…?ってなってる
流行音楽は使い捨てって言われるけど間違ってる
流行って認知度をあげて忘れられない曲にするべき
マイナー曲程美味しい部分だけ抜き取られて終わる
おもしろくない動画に自分の好きな曲がはりつけられて大量生産されるのは嫌やなあ
何であろうと聴くきっかけになるならいいんじゃね
始めからバズ狙いの歌は嫌いだがこれはそういうわけでもないし
サカナのアゲアゲ曲って大体はドリフターズと杉山清貴&オメガトライブ路線だよな
怪獣は面白い曲だったけど
こっちはちょっと新鮮味が薄い
良い曲だけどね
いい曲なのにクソみたいな振り付けのダンス付けられてる上にドラゴンズくそ弱くて山口可哀そう
どう考えてもアルクアラウンドの方が良いだろ
あの曲のうまみがどうこう言ったところで、ウケたのはバズった部分でしかない
サビは平凡だし、俺は、跳ねた跳ねたを一生繰り返してるだけでいいとすら思う
不謹慎な言い方だけど鬱で注目を浴びたところで怪獣を当てるタイミングの良さよな
そもそも東京モード学園のCMの時に夜の踊り子ヒットしたし、30代より上はあのCMのが先に出てくるでしょ。またヒットしたのはサカナクション大ファンのモリモリのおかげ