
「え?歌謡曲なのに喋ってるやん」「メロディ無いけどええんか?」「なんか小っ恥ずかしいな」
ほかにもダウンタウンブギウギバンド説なんかもある
↓
ジャズ・ブギ
↓
ロック
↓
ファンク
↓
ヒップホップ
↓
ラップ
届かなくていいよ
ラップバトルとかしてた
さすがにラップ自体は知ってただろ
うぉんびーろんじゃないの
今夜はブギー・バック 1994年3月9日
DA.YO.NE 1994年8月21日
オザケンスチャダラのが先
同時期だけどダヨネは最初オリコン100位にもなってなくて、ゆっくり上昇したんだよね
リリース1年後の95年に紅白出てる
1982年 バラクーダ「ちゃかぽこちゃ」
1984年 佐野元春「コンプリケイション・シェイクダウン」
1984年 吉幾三「おら東京さいくだ」
1986年 いとうせいこう&TINNIE PUNX「建設的(アルバム)」
歴史的事実だとは思わんか
サブカル系文化人のイメージしかなかったわ
引用元: https://kizuna.5ch.io/test/read.cgi/morningcoffee/1778985547/
日本のエンタメにおけるサブカルチャー大衆化のメカニズム
新しい文化やトレンドが生まれるとき、それは常に社会の片隅や、情報感度の高いごく一部のコミュニティから始まります。しかし、それらが単なるマニアの娯楽に留まらず、社会全体を巻き込む「国民的ブーム」へとスケールアップするためには、いくつかの明確なビジネス構造とメディアの転換点が存在します。
日本におけるサブカルチャーの大衆化プロセスを振り返ると、そこには単なる偶然ではなく、緻密に計算された、あるいは時代背景が要請した必然的なステップが見えてきます。マニアックな表現が「お茶の間」に定着するまでのタイムラグと、その裏で機能しているメディアの役割について解き明かしていきましょう。
地方波及とバラエティ番組が果たす「翻訳機」としての役割
最先端のカルチャーが一般大衆に届くまでには、必ずと言っていいほど「マスメディアによる翻訳」というプロセスが介在します。どれほど新しく刺激的な表現であっても、初期の尖った状態のままでは、流行に保守的な層や地方の居住者には「自分とは無関係なもの」として拒絶されてしまう傾向が強いためです。
ここで重要な役割を果たすのが、テレビのバラエティ番組や、親しみやすいタレントによる「パロディ」や「真似事」です。最先端の文化を、お笑いや日常の文脈に落とし込んで提示することで、大衆は未知の文化に対する警戒心を解いていきます。さらに、この大衆化を決定づけるのが「地方へのローカライズ(ご当地展開)」というビジネスモデルです。都市部で発生したトレンドをそのまま移植するのではなく、各地の言語や文化にカスタマイズした派生コンテンツを同時多発的に生み出すことで、日本全国の老若男女が「我が事」として消費できる土壌が完成します。
「100分1の法則」からミリオンセラーへの経済学
サブカルチャーが誕生してからメインストリームに躍り出るまでには、一定のタイムラグ(時間差)が存在します。この期間は、決してカルチャーが停滞しているわけではなく、市場に受け入れられるための「最適化」が行われている期間です。
ビジネスの観点からこの大衆化のステップを整理すると、以下のような段階的な市場の拡大プロセスが見て取れます。
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コア層による発見と育成(アーリーアダプター) 海外の最新トレンドやアンダーグラウンドな活動をいち早く察知した層が、小規模なコミュニティ内で評価を確立する時期。
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マスメディアによる「安心感」の付与(マジョリティへの橋渡し) 音楽番組や情報番組、バラエティの文脈で取り上げられることで、過激さや難解さが適度に濾過され、誰もが楽しめる形に変形される時期。
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日常への定着と消費の爆発(フォロワー層への拡大) 学校や職場でのコミュニケーションツールとして機能し始め、インフラとしてのヒット(ミリオンセラーなど)を記録する時期。
このように、尖った芸術性を保ったままでは市場の「1%」にしか刺さらなかったコンテンツが、親しみやすさというフィルターを通すことで、残りの「99%」へと届く巨大ビジネスへと変貌を遂げます。時代が変わっても、この「サブカルからメインストリームへの昇華」の構造は、現代のSNS発のトレンド形成に至るまで脈々と受け継がれています。
9999: V系まとめ速報がお送りします 2099/0/00 99:99:99
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コメント
コメント一覧 (22件)
ゆるい曲の内容に反して、Jラップとしてエポックメイキングな作品だったと言わざるを得ないでしょw
実は吉川晃司のデビュー映画すかんぴんウォークで山田辰雄がラッパー役で披露したのが最初なんだなぁ
すかんぴん:84年2月
おら東京さ:84年11月
83年に英国でフランク・チキンズっていう日本人コンビが全編日本語のラップ調テクノを出してる
韻を踏むとか無いからラップじゃねえって言われたらそれまでだがHALCALIがラップならラップでいいやろってね
なっつ!ウィーアーニンジャ!アナタモニンジャ!
91年にMCハマーのパロディーをコント赤信号の小宮がMCコミヤとしてやってた
「遣唐使です」「倦怠期です」って面白かったよ
歌詞読むとほとんど韻踏んでないんだな
歌詞というか大半セリフだが
リズムがぜんぜんラップになってない
一般に出回ったのはいとうせいこうのネッスルの朝ごはんのCM
当時からラップ好きだったんでこれで一般的になるかもと期待したな
オッペケとか
和は意外と韻踏むぞ
『今夜はブギー・バック』はサビ部分しか知らなくてそもそもラップ曲だとは思ってなかったわ。
『DA.YO.NE』は当時まだラップのことをよく知らなかったけど、何かが間違ってるような気がしてた。
洋楽聴いてた人もうちょいいたんでないの
トランスフォーマーのアニメのエンディングが日本で2番目に古いラップ説っていうのも見かけたわ
YMOのアルバム『BGM』の「RAP PHENOMENA/ラップ現象」も1981年3月で、ラップという表現形式について意識的に制作された極初期の曲だね。
上記の「咲坂と桃内のごきげんいかがワン・ツゥ・スリー」は1980年に原型がラジオで流されてるのもあって「日本初のラップ」とされてるけど、この曲は1981年2月発売のアルバム収録で細野晴臣が曲を付けていて、YMOのラップ現象も細野曲なので極初期の短期間で2曲やってる事になる。
オッペケペー節はラップというジャンルがない時期なのでなんとも言えないわな。
洋楽あんま聴かない若者にも広く知られたのは1990年のMCハマーのU Can’t Touch Thisだろ
洋楽好きの認知度上げたのはRun-D.M.C.のWalk This WayとビースティボーイズのFight For Your Rightだと思うわ
ラッパーってバンドと違って息長く売れ続けるの無理なんかな
クリーピーナッツですら去年からもはやヒット出せなくなったし
ミスチルやサザン的なポジションいないよな
パクーリーナッツはjポップ
売れてるわけじゃないかもしれんけど
ケツメイシは今も相変わらずケツメイシな曲出し続けてて楽しそうやなと思う
そもそもあいつら大手のゴリ押しステマ枠でしかなかったし期間が終わればこんなもん
滑舌はいいけど声質悪いし細かなテクもないから聴き心地が良くない
お説教
そもそもお経がラップだ
ノリの部分が無い平坦音楽やん
ちゃんとお祈りの時に眠らずに聴いてる?
結構抑揚があって音楽やってるよ